―――俺が己の中に巣食う暗い自我を初めて自覚したのは、
彼女の存在が原因だった。
辛い、苦しい・・・そして、切ない。
その想いと向き合うには、俺は、幼すぎた。
『02.es 〜自我〜 後編』
◆
私の意識がふと戻ったのは、膝に乗せられたカカシの手に力が加わり、
さらに脚を開かれた瞬間だった。
恐らく感覚すらなくなっている場所に、明らかな雄の気配を感じ、身体が震えた。
― 怖い
それは本能的なものだったのだと思う。
反射的にカカシの肩を押し上げ、拘束された膝と太腿に力を入れる。
そんな私の反応は、彼の予測の範疇のようだった。
意地悪く歪んだ唇が紅さを増し、まるで別の生き物のように、ゆっくりと動いた。
「・・・今更、それはないデショ?」
カカシの言葉は、私をからかっているのか、
それとも、最後の覚悟を問うているのか、わからない。
今、このときになって、私の心に宿ったものは、『後悔』のふた文字。
どこかで、止められると思っていたのかもしれない。
嫌がれば、カカシは「からかっただけデショ?」と、笑って身体を離してくれると、
そんな風に思っていた。
けれど、私の支配下を離れ、解き放たれた雌は、奔放に振舞い、
そして、それを悦ぶ雄は、意のままになるほど、容易いものではなかった。
初めて雄を知る私への、警鐘が何処かで鳴っていたはずなのに。
何故、踏みとどまることができなかったのだろう。
それでも私は、一縷の、カカシの理性にすがるような気持ちになっていた。
「・・・こんなカタチで、抱かれたくない・・・」
それが音として、確かに発せられていたのか、目の前の男に届いていたのか、
それすら虚ろな程に、涙に潤んだ声だったろう。
私がいくら抵抗しても、彼に抗えるはずがない。
捕らえられ、その所作に溺れた私が、これから起こることを拒否できるなんて、
安直に思えるほど、子供でもない。
この身に経験したこともないような感覚を絶え間なく与えられ、
声をあげ、何度も意識が飛ぶのを繰り返しながらも、
その嬌声と同時に上がる、泣き声。・・・そう、私のどこかが、泣いている。
― 奈良に、顔を合わせられない。
何故こんな時に、そんなことがよぎったのか。
けれど、ふっと湧き上がったその想いが、
絶対的な雄の存在に恐怖し、それでも足掻いてみせようとする、私の支えだった。
「どんなカタチなら、いいの?納得させてくれるまで、止めないよ、・・・テマリ」
声に温度があるのなら、それはとても肌寒い響きを持っていただろう。
名を呼び捨てにされ、彼は本気なのだと、確信した。
さっきまでの、何処か私を弄ぶような空気は消え去り、
見下ろす眸は、獣のような鋭さで、もう逃れられないのだと・・・悟った。
彼が悪いわけではない。僅かな好奇心と、自分の弱さに負けたのだ。
「・・・・・・。」
馬鹿なことをしていると、自分でも思った。
数年後の私が、これを思い出すことがあるのなら、
鼻で笑ってしまうような姿かもしれない。
とっさに手にしたクナイ。勢いそのままに当てたその刃先が、私の首筋に描く僅かな紅い線。
その痛みが私の中の雌を、鎮めてくれるようだった。
クナイはすぐに私の手から離れ、鈍い音とともに畳に刺さる。
カカシは黙ったまま、両手を押さえつけると、ゆっくりと私の身体に割ってはいる。
― もう、間に合わない。
瞳を瞑り、唇を噛み締める。この瞬間だけは、声ひとつ漏らすものかと・・・自らに課すように。
逃れられない雄の重みが、確実に近づく気配に、ただひたすら身を固くして。
「・・・本当に、我の強い子だね。」
それは、静かな囁きだった。
その音が耳に届くまで、とても長く感じられた。
そっと瞼を上げると、カカシは緋色の瞳を閉じ、そして、血の滲んだ私の唇を指先で撫でた。
「嫌いじゃ、ないけど。」
その仕草が、再び欲望に触れる類でないことは、すぐに知れた。
張り詰めていた空気が、緩む。
カカシが身を起こすのを見届けて、私は微かに息を漏らした。
◆
どのくらい、行き先の定まらない道を歩いただろう。
結局俺は、宿に戻っていた。
何度も、テマリの居るであろう部屋を見上げては、
そこから一歩も動けない自分を情けなく思いながら。
行く手を仄かに照らしていたはずの月が、
いつの間にか、俺の後を追いかけるようについて来ていた。
そして、今は、俺の姿を嘲笑うかのように、天上に留まっている。
― ここに居て、俺は、何がしてぇ?・・・何が出来る?
何事もなかったかのように、宿を出るカカシ先生の姿に、更なる絶望を感じたいのだろうか?
それとも、その閉ざされた窓が開き、テマリが顔を出して、
「何やってるんだ?お前。上がって来い。」
そんな風に、慣れ親しんだあの声が降ってくるのを、待っているのだろうか・・・。
宿の戸口が軋む音に、目をやった。
― テマリ!?
なんでこんな処にいるのかとか、何をしていたんだとか、
凡そ、問われるだろうことは、頭のどこかで理解していたが、
構わず俺は、影とともに彼女に手を伸ばした。
「おい。」
振り返ったテマリは、俺を見るなり、任服の合わせ目に手をやり、視線を逸らした。
乱れた髪。首筋に張り付いた後れ毛。
紅潮した頬。震える手首。
想像が、確信に変わる瞬間。
空は、俺の心を映すように、月を闇に放り込み、
地は、俺の術を用いたかのように、黒い影に覆われた。
そして、光を失くして、濃くなるはずもない俺自身の影が、
のっそりと身を起こして、テマリを捕らえ、駆け出していた。
― このまま、何処かへ
◆
そこが、何処なのかすら、わからない。
そんなことは、今の俺には重要なことではなかった。
乱暴にテマリの身体を転がすと、膝を立てて、その上に跨った。
「奈良っ」
激しく抵抗するテマリの両手を床に押し付ける。
「カカシ先生と、何してた。」
その名に、テマリがとっさに顔を逸らす。
「・・何も。」
一瞬言葉を詰まらせて、頬を染めた彼女は、狂おしいほどに艶っぽく、
俺の胸を締め付けた。
「そんな訳、ねぇだろ?」
自分でも驚くほど、暗く、低い声が発せられ、テマリの手首を握り締めた。
「お前、何を言ってっ・・・・。」
これ以上、彼女の声を聴きたくなかったし、
カカシの名に反応する姿も見たくなかった。
噛み付くように、その唇を塞ぐ。
テマリが逃れるように首を振り、その手が床をもどかしく掻く音にも気づいたが、
俺は、肘で彼女の腕をきつく押さえながら、両手を任服の合わせ目に差し入れた。
そこを切り裂くように布を引いたはずみで、彼女の上半身が一瞬浮き、
胸元が大きく肌蹴た。
白く豊かな乳房に、花弁を散らしたかのような、無数の紅い痣。
― ・・・やっぱり。
「何だよ、これ。」
俺の言葉に、あからさまな反応を示すテマリが、憎かった。
嫉妬に駆られた俺がすることなど、ひとつしかなかった。
彼女の乳房をさらに顕にして乱暴に掴むと、散らばる花弁を摘み取るように唇を寄せる。
その動作の隙を突いて、テマリが跨った俺の太腿の間から、
脚を忍ばせ、みぞおちに杭を打つように膝を立てた。
鈍い痛みに、思わず唇が離れた。
「お前も、私の中の雌が欲しいだけなのか?」
下から見上げるテマリの、その言葉の真意を推し量る余裕など、俺にはなかった。
「・・・カカシ先生には、好きにさせたんだろ?」
怒りのまま、口にしたその言葉が、テマリにとってどれほど残酷なものだったのか。
それに気づかされるのに、時間は要しなかった。
「・・・なら、この身体、お前にくれてやる。」
硬い声とともに、テマリの膝が崩れるように伸ばされた。
「・・・好きに、しろ。」
俺の下で急速に冷えていく彼女の身体は、生の無い人形のようだった。
ただ、色を失くした瞳から流れた雫が、頬を、そして首筋を伝い、
テマリの肌に触れていた俺の指先に、届いたような気がした。
それは、俺の闇へも零れ落ちた。
― 俺は・・・なんで、こんな風にしか出来なかった?
激しく襲う後悔と、自己嫌悪。
「悪ぃ・・・。」
ベストを脱いで、彼女にかける。
その場を離れることしか、もう俺には許されない気がして、
立ち上がり、背を向けた。
「・・・奈良。」
テマリが身を起こす気配は衣擦れの音で、感じていた。
けれど、振り返る勇気は、無かった。
漏れたのは、独り言のような俺の声。
「夕日を、見たかっただけなんだ、一緒に・・・、お前と。」
そうだ。
本当に、それだけだったのに。
初めて自覚した自我というものに、呑まれ、惑わされ、
そして現れた自分の中の雄に流され、ただ嫉妬に狂い、それをテマリに・・・。
それが、どれほど稚拙で、荒々しく、身勝手な行為だったのか。
― こんなこと、今、口にすることじゃ、ないだろ。
けれど、この状況にふさわしい言葉は、俺の脳の何処にも、見当たらない。
永遠に留まるかと思われたこの重苦しい空気を、
背後から外へと押し流すような、風を感じた気がした。
テマリの指が、俺の手に触れていたのだ。
そのか細さに、俺は、己を深く恥じた。
「お願いだ。今夜だけは、奈良シカマルの温かさで、私を包んでくれないか?」
テマリの穏やかで柔らかい声が、俺の闇をそっと撫でたような気がして、
その身体を、震える手で抱きしめた。
「私も、お前も、急ぎすぎた・・・。」
消え入るよなテマリの呟きが、いつまでも俺の耳に残った。
02.es 〜自我〜 後編 fin
and I love youのmims嬢の、切なさと、甘美溢れる前編に身悶えた皆様。
積極的なR18でない作品でごめんなさい。
mims嬢の初R18作品は、「切なさの女王」の名の通りのストーリーに、
とても初エロとは思えない
淫靡さを漂わせた描写が、りくのスカポンな脳内を悩ませました。
mims嬢の素敵作品を引き継ぐのに、どちらを優先させるべきか!と(笑)
妄想の末、4つのプランを立ち上げ、 mims嬢、タール嬢におかしなメールを送りつけ(すみませんっ!)、
散々迷った挙句、ここはストーリーを優先させたプランを選びました。
べったべたな展開で、器用さと文才の無さを顕にしてしまいましたが、どうぞ、寛大なお心でお許し下さい。
重ねて、 mims嬢の素敵後書きで、激エロを楽しみにして下さった方々、この場を借りてお詫びいたします。
(決してmims嬢のせいではありません。最初はがっちりその予定でしたので!)
この作品に関しては、テマリが処女(うっわっ)であることと、mims嬢の流麗な文章の一文、
シカマルの「夕日を一緒に・・・」がズキュンな感じで、こればっかりは純な気持ちで、りくのココロに
留まってしまったのでした。
そこで、安易にカカシに身を任せたテマリには、おおいに後悔してもらいたかったし、
嫉妬に突っ走るシカマルには、
大切なことを口にせずに、
テマリを抱くようなことはして欲しくないなぁ・・・という気持ちで書きました。
・・・なんて熱く語ることもないのですが(笑)
mims嬢やタール嬢の、お洒落で素敵なサイト様にいらっしゃる、お嬢様方にも、許される範囲ではないかと勝手に判断(笑)
少々心配ではありますが、愛は込めて綴りました。
(あ、MOJITOにいつも来てくださっている皆様はりくの生態はご存知でしょうから、ふふんな感じで、ご覧下さるだろうなぁ・・・と
すでに甘えております、アハハ。)
この作品にタール嬢の素敵イラストが〜♪♪と思うと、嬉しい限りです。
2007/11/14 MOJITO☆りく
[MOJITO]のりくさんによる後編でした!!
いつもながら、りくさんの書かれる文章に潜む大人の女のもつ淫靡で華麗なテイストが、
そのままに表現されていて、そこはかとなく漂う艶っぽさにひたすらにドキドキいたしました☆
そして、完成前に提示してくださった4つのプランが(うち、ひとつは上記のりくさんの言葉どおりに[MOJITO]さまの中のどこかに
置かれるようですね)、どれも身悶えるほどにすばらしくて、昨日一日仕事は手につきませんでした。
特に[MOJITO]様の中に置かれる予定の一編が、もう堪らなくエロで・・・いやん、りくさんってば(笑)
昨日は、私と同様タールさんもきっと仕事が手に付かなかったはず。上の空で。うふふふふふv
興味をお持ちの方は、是非[MOJITO]さまの
中を彷徨って探してみてくださいね!
実は、この一編と一緒にりくさんからもうひとつ未完成の別編↑が送られてきたのですが、私はそれを読んでしまったら
まともにUP作業をする自信がありません(笑)
なので、少々保留にして大事に置いてあるのですが・・・もう、さっきから気になって気になって仕方ないのですよ!
りくさんにすっかり踊らされているmimsでした。
追伸・・・
上記でりくさんに煽られてしまったので、もしかしたら
別バージョンもしくは続編をうっかり書いてしまうかも・・・
密かな期待で見守ってください(笑)
2007/11/14
and I love you...☆mims
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