―――俺が己の中に巣食う暗い自我を初めて自覚したのは、
彼女の存在が原因だった。
辛い、苦しい・・・そして、切ない。
まさか自分がこんな想いをすることになるなんて。
ほんの少し前まで、思っても見なかったのに・・・
『01.es 〜自我〜 前編』
国境の門でいつものように彼女を待つ。
遠くから少しずつ近づいて来る、太陽を浴びてきらきらと鈍く輝く髪。
それを見ると、俺は何となく少しホッとする。
ああ、今回も道中無事で良かった。
そう思うと、吹き抜ける風は途端に優しくなる。
樹木の緑は瞬時にやわらかくなる。
葉々の隙間を通り越して落ちて来るちらちらと揺れ動く木漏れ陽。
彼女の翡翠の瞳。
微かに響きながら近づいて来る足音。
すべてが滑らかで緩やかな曲線を描きながら、まろやかに俺を包む。
初めて対戦したあの時から何かと縁のある彼女の事を、俺はただ人と
して好ましく思っていた。
同志のように戦友のように。
性差を度外視し、ただ人として。良いやつだ。
一緒に居るのがただ楽しい、と。
思っていた筈だった。
あの日までは・・・
◆
無言での歩みは ただ心地良くふたりを取り巻いて、俺たちは空の
蒼さと風の囁きを感じながら黙って進む。
と、不意にその優しい沈黙を破るテマリの声。
俺は、斜め上方に定めていた視線をゆっくりと隣の彼女へと向けた。
「なぁ、――奈良。」
「ん?」
「上忍の・・・はたけカカシってのは、どんなやつだ。」
「へ?・・・何でまた(こいつ、カカシ先生と何かあんのかよ)?」
「いや、顔は勿論知ってるんだ。・・今回、急に一緒に任務をやる
ことになったらしくてな。お前聞いてなかったか?」
「あぁ、知らなかった。(砂忍の任務内容や滞在期間は、逐一俺の
耳に入るようになってる筈なんだけどな・・、変だな)」
「はたけカカシは、あのサスケやナルトの担当上官だよな?」
「ああ。カカシ先生は、なかなか出来る男だぜ。腕も良いし・・・
顔も良いし。」
「はは、顔は任務に関係ないだろう?でも、そうか・・・その、私は
木の葉の男と言えばお前位しか知らないから、ちょっと心配になっ
てな。」
「まぁ、心配することなんて何もねぇんじゃねぇの?もうすぐ三十路の
ベテランだしよ。」
「そう・・・だな。」
そう言って弾けるように笑ったテマリの顔に、俺は馬鹿みたいにちょっと
の間 見惚れちまった。
そして、今まで感じた事のない不思議な感覚が心の中にふっ、と訪れた。
胸の中の酷くやわらかい部分をカリッと軽く引っ掻かれるような。
鼻孔の奥が少しツンと痛くなるような。
その違和感は直ぐに忘れてしまう位に微かなものだったが、鈍く俺の
心の底に沈殿していった。
でも。
その時の俺は、まだ何も気付いていなかった。
今芽生えた仄かなその感覚が、これまで流れに任せて生きて来た俺を、
この先どんなに苦しめるのか。
ちっとも気付いちゃいなかったんだ。
◆
任務が終わり、報告書を提出しに行った帰り、不意に俺の耳に侵入し
て来た楽しそうな会話。
「・・・テマリちゃんの心を射止めるのは、一体どんな男なんだろうネ?」
「え?・・はたけ上忍、何を言ってらっしゃるんですか?」
「さぁねぇ。ははは。」
俺は無意識の内に、身を隠して聞き耳を立てちまってた。
ちょうど彼らも任務が終わった所なのだろう。
―――テマリと、カカシ先生だ。
流れている和やかな空気。
否定の言葉を発しながらも、表情はやわらかく楽しそうに微笑んみを浮
かべながら、優しい声を出しているテマリ。
そんな彼女を、ちょっとからかうようなそれでいて真意を探るような完璧に
男の視線で見つめ、甘い声で喋っているカカシ先生。
―――何なんだよ、あのふたりの雰囲気はよ。任務帰りにゃ見えねぇぜ。
俺は不意に心を占めた薄暗い気持ちに、胸が苦しくなった。
何だ、この感情は?
もう見ていたくねぇ、聞いていたくもねぇのに、気になって仕方ねぇんだ。
どうしても脚を動かせず、俺はその場に留まってふたりの会話を聞き続
けた。
そして、自分の心に起きている作用の理由を探り続けた。
「背は自分より高い方がいいの?」
「・・・・」
なかなか返事をしようとしないテマリに、カカシ先生は色々と問い
かけていた。
「声は低い方が好き?」
そう言いながらカカシ先生は彼女の肩に手を回した。
そして、俺の方へちらりと視線を向けた、ような気がした。
俺は、自分が盗み見をしている事を少し恥じ入り、彼女が身体に
触れられることを嫌がらなかった事実に心を囚われていた。
「どう、歳下と歳上だったらどっちが良い?」
「・・・・歳は・・」
何故だろう、彼女が何と答えるのかが異常に気になっていた。
ここで、歳下と答えてくれたら胸がすっとするのに・・・
―――は?
俺が何でこんなこと気にしなくちゃならねぇんだ?
まるで・・・テマリがどう思ってんのか、俺が気にしてる
みてぇじゃねぇかよ。
じゃあ、今俺の心の中をすっかり埋め尽くしかけているこの薄暗い気
持ちの原因は・・・彼女か?
俺が思考を巡らしていると、またカカシ先生が彼女に向かって言葉
を発して、右目だけで笑みを作っていた。
「まぁ、いいや。じゃぁ、宿まで送って行くよ」
「・・・は・・い。」
「ん?俺じゃなくて、いつものあいつのほうが良いのかな?」
「・・・・え?」
「俺じゃなくて、奈良の方が良いの?」
「・・いえ。」
「さ、じゃあ行こうよ。明日の打合せもしたいしネ?」
「・・はい。お願いします」
カカシ先生は一度軽く振り向いて、また俺の方へちらっと視線を
投げ掛けて来た。
その視線には、明らかに得意気で勝ち誇った様な色が見えて、
俺は少しむっとしていた。
彼が何故俺にそんな眼を向けるのか? その意味が明瞭に窺えて、
とても不愉快だった。
俺は、好戦的な視線を彼に返して、その場に立ち尽くしていた。
―――何なんだよ、なんで先生がそんなに馴れ馴れしいんだ?
俺の中を侵食して、胸を締め付けていく感情。
それは、確かに嫉妬だった。
辛い、苦しい、・・・そして切ない、狂おしいまでの嫉妬の感情。
初めて感じたその感情は、俺の心を徐々に壊して行くような気がす
るほどに、おぞましい勢いで脳内を駆けていた。
じっと立ったままで、拳を握り締め、俺は冷静な顔をして苦しい妬
ましさに占領されて行った。
そんな俺の目の前で、カカシ先生は彼女の肩に手を回したままに
テマリを外へ連れ去った。
いつもの俺の役目をカカシ先生がしている。
そして、彼女の方は そのことに何の違和感も抱かない様子で、
自然にそれを受け入れている。
その目の前の現実が、今の俺にとっては耐え難い苦痛だった。
ふたりが立ち去った後、心の中に冷たい風が入り込んで来たような
気がして、俺は説明の付かない苦しさに、暫くの間苛まれていた。
◆
私は、不思議な気持ちが胸に湧き上がって、戸惑っていた。
この男・・・はたけ上忍は、奈良とは全然タイプの違う男で、普段
こんな風にへらへらと軽い素振りを見せているかと思えば、戦場で
はその様子が一変して、涼しい顔で次々に人を殺めて行く。
その姿は頼もしく、時に美しいとさえ思えた。
だから、任務の終わった後の軽口も、肩に馴れ馴れしく手を回して
来る行為も、嫌だとは思わなかったのかも知れない。
いつもの私らしくはない。
私らしくは無いのだが、不意に胸を満たしたときめきに、今は溺れ
てしまっても良いのではないか?と、思えた。
狂おしい程の空虚な毎日で、たまには私が華になる事も許されるの
ではないか・・・
そうなりたい・・・と、微かに私の身体の芯が反応を示した。
彼に送られて宿まで帰る途中、会話は殆ど無かった。
奈良とのいつもの歩みとは違って、その沈黙は私にとって苦しくて、
身悶えるほどに切ないものに感じられた。
それが、何故なのかは分からない。
これまでに感じたことの無い感覚・・・はたけ上忍の微かな挙動で
すらも、びくりと身動ぎしてしまいそうになる。
宿に着いた時、明日の打合せなんて何も出来ていない事に気付いて
私は少し焦っていた。
「すみません、ぼーっとしてしまって。明日の打合せ・・・」
「ははは。良いよ〜。じゃ、テマリちゃんの部屋でちょっと話する?」
「あ、は・・い。どうぞ・・・」
「ん?そんなに怯えなくても大丈夫だよ?俺、別にとって食おうなん
て、思ってないから。ネ?」
「・・・すみません。」
「ははは、でもちょっと嬉しいな〜。テマリちゃんが俺のことを男と
して意識してくれてるって事デショ?」
「・・・・」
「ごめーんね?悪ふざけが過ぎちゃったね」
そう言って笑ったはたけ上忍の目元が、緩やかに曲線を描く様子に、
私はつい見惚れてしまった。
それを気付かれないように唇を軽く噛み締めると、前に立って先導
し、私の泊まっている部屋の方へ向かった。
◆
俺は、立ち去ったふたりのことが少し気になっちまって、じっとは
していられなかった。
いつもなら直ぐに特等席へ向かう所だが、ちょっと回り道してみた。
後を付けているみたいに思われるのが嫌で、少し時間を置いてから
彼女の泊まっている宿の方へ向かう。
俺がそこに着いたとき、ちょうど立ち話の終わったふたりの背中は
宿の奥の暗がりへすーっと消えていった。
きっと、道中で話のまとまらなかった明日の打合せとやらの続きを
少し部屋でするつもりなんだろう。
―――それにしても、そんなに簡単に男を部屋に入れんなよ・・・
俺はそんな風に思いながら暫く外で待っていた。
カカシ先生が帰ったら、彼女と一緒に夕陽が沈む所を見よう、と思い
ながらその場に立ち尽くしている内に、だんだんと陽は堕ちて、蒼い
空は少しずつ色を変えていった。
ぼんやりとオレンジ色の空に流れる雲を眺めていると、徐々にその広
がりには、くすんだ暗色が混じり始めた。
―――いってぇ・・・俺って、何やってんだろ。
風に吹かれ、ゆっくりと流れていく雲。
俺は予め引かれていた長いレールの上を、さして逆らいもせずに進ん
で来たんだ・・・これまでずっと。
ただそこに在る風に身を任せて、少しずつバランスを取って、流れる
ままに生きてきた。
人生に“答え”なんて、在りはしないって、ちょっと世の中や自分をも
俯瞰しながら、冷静に取り立てて何の浮き沈みもなく過ごしてきた。
面倒な事からは、出来るだけ距離を取って。そうやって生きて来たの
に・・・何と言うかちょっと、今の俺は。
アホらしい程に、ひとりの女に執着しちまってる。
―――何だか、めんどくせぇ事になってんじゃねぇのか?俺。
やがて、辺りは薄墨を広げたような浅暗い闇に包まれた。
吹く風は徐々に冷たさを増して、雲も同じように暗く染まると、まるで
霞のように漂い、月の光を仄かに隠していく。
―――何が起こっても変じゃねぇ。
覚悟は出来ていた筈なのに、彼女の不在は自分でも愕然としちまう程に
胸を締め付けていく。
カカシ先生と一緒に居るから・・・なのか?
俺が己の中に巣食う暗い自我を初めて自覚したのは、
彼女の存在が原因だった。
辛い、苦しい、・・・そして切ない、狂おしいまでの胸の内。
まさか自分がこんな想いをすることになるなんて。
ほんの少し前まで、思っても見なかったのに・・・
―――もしかして、俺は恋・・に堕ちたのか?
そして、嫉妬をしているのか・・・カカシ先生に。
空は、まるで俺の心を投影したような、深いふかい闇だった。
いつ晴れるとも知れぬ、そこはかとない深淵に、俺は居た。
◆
私の部屋へ入ると、すぐさまはたけ上忍は口布を顎の方へと引き下ろした。
そこからは、すらりと筋の通った鼻と、肉薄な形の良い唇が顕れた。
そして、左目を隠していた額宛を、上方へと少しずらした。
見えていた右目とは明らかに色の異なる写輪眼は、煌めく光を湛えていた。
彼が、何故そんなことをするのかは分からないまま、私はまるで幻術に
掛けられたかのように、彼のその素顔に魅入られていた。
バランスの取れた、本当に美しい顔だった・・・
その姿を見ているのが怖くなって、私は雰囲気を断ち切るために少し俯き、
窓の方へと移動しながら、言葉を紡いだ。
「・・・で、明日の打合せは?」
自分の中から発せられたその声は予想よりも頼りなく、締め切られた薄
暗い部屋の中に響いていた。
―――こんな声音では、彼に付け入られてしまう。
そんな事を思いながら、その部屋に漂い私に絡み付いて来る湿った空気
を一掃すべく、窓に手を掛けた。
その時の私は胸の高鳴りを抑えるのに必死で、その場の状況を判断する
のが少し遅れてしまった。
気が付いた時には、はたけ上忍の姿が自分のすぐ傍に在った。
「明日のことは、俺に任せておいてくれればいいから、ネ?」
「・・・・」
「それよりも、さっきの話の続きをしようよ。テマリちゃん。」
「え?・・・何ですか?」
「君を射止める男は、歳上か歳下か・・・ってこと。で、どっちなの?」
「・・・考えたこともないです。」
「えぇ?勿体無いな。俺はきっと君には歳上の男の方が似合うと思うん
だけどネ。例えば俺みたいな。」
「・・・・」
「ホントは歳上の男のほうが好きデショ?」
そう言って私を背中から抱き竦めたはたけ上忍は、思った以上に力が強
くて、私は抵抗しようにもそうは出来なかった。
背中に伝わってくる温かさと、彼の鼓動。それは心地よくて、安らぎを
感じさせられた。なのに、私の胸はときめいていた。
あぁ、人肌ってこんなにほっと出来て心の満たされるものだったんだ・・・
「本当は、こんな低い声が好きなんデショ?」
掛かる彼の吐息は耳朶を擽り、彼の声の響きは鼓膜の奥を震わせた。
そして、徐々に高まり行く熱を帯びた空気に耐えられなくなって、私は
軽く溜息を漏らした。
それが、自分の耳にもまるで微かに喘ぐ嬌声ように響いて、胸の鼓動が
早鐘を打っていた。
その後ふっと引き寄せられて、ごく自然な流れで私は軽く彼に身を委ねた。
微かに警鐘を鳴らしている理性の向こう側に、奈良の顔が見えたような
気がした。
―――奈良・・・
何故、今奈良のことを思い浮かべてしまったのか。
分からなかった。
私の奥の方からじわじわと湧き出てきた微かな想い。
でも、耳に掛かるカカシの声と吐息は艶めかしく甘くて、脳内が痺れた。
私を支えている筋肉質で大きな彼の身体の前で、その理性の訴えも
背筋を伸ばす役目を果たしていた自我も儚く消えていった。
その体勢のままで顔だけ後ろに向けると、まるで待ち構えていたかの様
に彼によって、私の唇は塞がれてしまった。
私を身体ごと自分の方へ向かせると、彼は黙って唇を降らせ続けた。
―――あぁ、だから口布を外したのか。
徐々に激しくなる彼の動きに、黙って口内を侵されながら、私はそんな
事を考えていた。
そして次の瞬間には、私の身体は優しく畳の上に横たえられていた。
「本当はずっとこうして欲しかったんデショ?テマリちゃん、結構淫ら
なんだネ。」
「・・・っ。」
私は何も反論出来ずに、ただされるがままになっていた。
はたけ上忍になら、こうされていても良い・・・ような、気がした。
彼の手のひらは私の腰のラインを確かめるようにゆっくりと上下していた。
彼は、爪を布地の縫い目に合わせて軽く引っ掛けると、服の合わせ目を
軽くずらした。
つい、身体が反応してしまう。
「ははは、どうして欲しい?」
「・・・っ」
視線を彼の瞳に合わせると、ニヤリと口元だけで笑みを作っている。
左右で色の違う美しい双眸には、悪戯っぽい表情を滲ませていた。
上から私を見下ろしている姿は、私の心を麻痺させていった。
ちょっと憎らしくなってしまうほどにキレイで、私は黙って唇を引き
結ぶと、そっと見惚れた。
そして心を決めたようにゆっくりと、彼に向かって言葉を紡いだ。
「はたけ上忍は・・・」
「あ〜、テマリちゃん。カカシで良いよ。」
「カカシ・・・さん・・は、私のことが。」
「ん?」
「私のことが、お好きなんですか?」
「さぁ・・・どうだろうねぇ?」
彼は、私から視線を全く外さずに、笑いを含んだ声で言葉を発した。
その表情に滲む余裕は、私の自尊心を擽った。
だから、私はつい意地悪な質問をしてしまった。
「好きじゃない女にこうしていつも手を出してるんですか・・」
「ははは。」
「大変ですね・・・」
「でも、テマリちゃんも逃げないんだね。」
目の前の男の思い通りになっても良いのだろうか・・・少し悔しいような
情けないような気がする。
どうしよう、このまま身体を委ねても大丈夫なのか?
後悔することになりはしないだろうか・・・?
「・・・っ。」
「何故、テマリちゃん・・なのかなぁ?」
「私は・・・」
私の言葉を止めるかのように、彼の唇が私のそれを塞いだ。
強く、激しく、もう喋らなくて良いよ・・・とでも言うように。
ねっとりと絡み付く舌。腰を滑り降りていく、彼の掌。
堪え切れずに縋るように背中にしがみ付いて、彼の眸を見つめた。
妖しく笑むカカシに、私の中の雌が少しずつ昂ぶって行った。
彼が私の額を掻き分けて、髪を梳いてくれるその指。
大きな掌が私に溶けて行くような感触に、思わず涙が溢れそうになる。
「テマリちゃんは、頑張り過ぎなんだよ。いつも・・・」
ますます涙腺を刺激するような言葉を吐いて、彼は一体何を望んでい
るんだろうか・・・私を泣かせて、何をするつもり?
腰を優しく撫でていた彼の手が、ゆっくりと脇腹を這い上がり、私の
胸元に届いた。
そして、手早い仕草で上衣と下着を外されて、やわらかくふたつの膨
らみを交互に揉みしだかれた。
彼の眸を覗き込むと、さっきよりももっと妖しい色を孕んだそれは、
ぎらぎらと欲望を映し出したように鈍く熱く輝いていた。
端正な顔立ちを美しい銀糸のような髪が彩っていた・・・
逃げようとすれば、そうできたのかもしれない。
彼は無理強いをするようなタイプには見えなかった。
ましてやこの流麗な顔立ちであれば、女なんて掃いて捨てる程に彼
に寄って来るのだろうに・・・
―――何故、私に?
「何故・・・なの?」
呼吸の隙間を縫って思わず私の口から滑り出た言葉に、彼はただ
優しく笑んで答えた。
私の胸に触れている彼の掌が、やわらかく動いていた。
「さあね、何故だろうネ・・・」
「・・・・」
「俺、綺麗で我の強い子って、結構好きなんだよネ」
彼の指先は、私を焦らすように緩慢な動きを呈して、敏感な突起
には、ほんの軽く掠めるだけのもどかしい刺激を与える。
彼に踊らされ、昂ぶらされて、思わず“もっと・・”と、縋ってしまいそう
な気持ちを、私は必死で抑える事しか出来ない。
少しでも気を緩めると、今にも喘ぎ声が零れ出してしまいそう・・・
「・・・んっ・・」
漏れた吐息を咳払いで誤魔化しながら、消えていく理性の端に必死
でしがみ付いていた私の頭には、何故か再び奈良の顔が浮かんでは
消えていった。
そんな私をまるで煽るかの様に、甘く淫靡な低い声でカカシは言葉
をかけてきた。
「ふっ、テマリちゃん。素直じゃないんだネ」
「・・・・んっ!」
「ホントはもっと触って欲しいとこあるんじゃなーい?」
「・・・っ・・わ、た・・し、」
「ん?私はなーに?ちゃんと、言ってみてよ。」
「・・・・」
彼が腰を撫でていた左手を動かして、私の口元に触れた。
右手では相変わらず胸をゆるく刺激しながら、彼の美しい左の人差し指
と中指が唇の柔らかさを確かめるようにゆっくりとその輪郭をなぞって
行く。
肩を竦めながら彼の指の動きにまた身体の芯を熱くしていると、今度は
形良い唇から湿った舌を出して、カカシはその舌先で私の唇をいやらし
いやり方で辿った。
その行為。まるで“さぁ、この口でちゃんと俺に伝えてちょうだいよ…”
と、カカシに言われているような気がした。
きっと、もう私の陰部は艶めかしく潤っているだろう。
この先の刺激を待ち侘びて、湿った姿で彼を待っているだろう。
左手を胸の膨らみに移動すると、カカシはまたゆっくりと私の胸を刺激
しながら、唇を塞いだ。
彼の右手はゆっくりと脇腹を這って降りていき、しっとりと湿っている
下着越しに、敏感な部分にそっと触れた。
その瞬間、痛みに似た痺れるような快感が私の身体中を走り抜けて、
翻弄されている自分を省みることも出来ず、私は軽く息を吐いた。
立て続けに優しく押し付けられている彼の指先の感触に、嬌声を漏らし
てしまいそうになって、私はまたきつく唇を噛み締めた。
太腿に感じる彼の堅く膨張したもの、その存在はますます私の心を
昂ぶらせ、ふと覗き見たカカシの顔に浮かぶ余裕に悔しくなった。
でも、この男も私と同じように張り詰めている・・・
何故私はこの男に組み敷かれ、身体を弄ばれているんだろう?
そう思いながらますます自らの唇を強く咬み締めると、彼を睨み付ける
ように眸に力を込める。
私のその微かな抵抗に、彼は余計に煽られたとでも言うかのように、
胸に
触れていた手を動かして、敏感な突起を軽く抓んだ。
「抵抗されればされるほど、萌えちゃうんだよネ。俺って・・」
「・・・っ。」
言葉を紡いだらきっと、媚を含んだ艶のある声がでてしまう・・・そう
思って更に奥歯に力を入れると、彼は“そんなことしても無駄だよ”と
でも言うように、突起を抓んだ反対側の胸に唇で触れた。
指の感触とは違う、ざらざらとした温かいものが、私の胸の輪郭をゆっ
くりと辿っていたかと思うと、急に乳首を口に含まれた。
カカシは宥めるような優しく妖しい視線を私の眸に投げかけながら、
唇に含んだままの突起を舌で刺激し始めた。
軽く、優しく、そして激しいその舌の動きに、私の意識を支えていた
何かがすっかり砕けてしまいそうな感覚。
背中は弓なりに反って快感を顕しながらも、それを口にすることを
必死で堪えていた私に向かって“さあ、何処まで我慢できるかな?”
と言いたげな彼の様子。
―――もう、駄目かもしれない・・・
私がそう思った瞬間、彼の指は潤いを移した布の隙間からゆっくりと
侵入してきた。
細く筋の浮き出した長い指は、私の中心にある窪みにそっと押し付
けられて、軽く埋まっていく。
焦れったいほどの緩やかな動きにも敏感に反応してしまう私の雌。
彼の指の動きに合わせて、私は無意識に腰を浮かせていった。
湿って粘り気のある卑猥な音が、さっきよりももっと暗くなった室内
に響いていた。
もう、声を上げてしまいたい・・・ただ、そう思いながら私は迫り来
る悦楽の波に必死で抵抗をした。
窪みの中をやわらかく軽く刺激しながら、カカシの親指はもっと敏感
な部分にそっと触れて動いていた。
その絶え間ない狂おしいほどの感覚に、私の腰は小刻みに震えた。
「・・い、・・や」
つい、嬌声の代わりに唇から溢れた声。
私の必死な訴えは、カカシの笑顔に軽く流されてしまった。
「ん?嫌なのかな、ホントに?」
「・・・っ。」
「こんなに濡れてるのに?」
「もう・・・い、や・・・あぁぁ、」
「ん?こんなに腰が動いてるのに、嫌なの?」
胸を埋め尽くす悦楽の感覚、強すぎる刺激、妖しいカカシの表情。
私は耐え切れずに彼に縋り付いて、背に爪を立てた。
高まりすぎた熱が、その解放を求めて眩暈のような苦しみを生んでいた。
それは、このまま私を狂わせてしまうのではないか・・・と、怖かった。
「・・・あ・・っ、」
「ホントに綺麗だネ、もっと可愛がってあげるからね。」
指を入れて蠢く私の中を掻き乱し続けている彼は、まだまだだよ・・・
と、笑みを浮かべながら私の耳元で囁いていた。
「もう少し、ゆっくり行こうよ。ね?」
「・・・うっ・・」
「そんなに先を急がないで、もうちょっとだけ楽しませてちょうだいよ。」
自然に涙が浮かんだ。
熱を帯びた身体は、痛いほどに疼きながら、彼の雄を求めていた。
苦しくて、本当に頭が変になりそうな程の快楽に、文字通り私は溺れ
ていった。
そして、いつしか意識を失っていた・・・
記憶の奥に焼き付いたのは、カカシの妖しい笑みの後ろで微かにその
存在を主張しながら棚引いている、夜の色に染まった薄暗い雲。
そして、箍が外れて溢れ出た自分の嬌声。
―――奈良、私は・・・
◆
闇夜に眼を凝らし、ゆっくりと立ち上がる。
ふたりが宿の中に消えてからもう3時間が過ぎていた。
その時間、男女がひとつの部屋でする事といえば・・・
俺は頭の中に芽生えた嫌な想像を追いり払うように二、三度力強く頭
を振った。
そして、空一面に広がった星を見上げながら、家路を辿った。
―――きっと、今夜は眠れねぇんだろうな・・・くそっ。
俺の耳の中に、届くはずの無いテマリの嬌声が、風に乗ってここまで
響いて来るような気がして、苦しくて堪らなかった。
恋心に気が付いた途端に失恋するなんて・・・
―――俺の人生も、もう終わってるわ。
背筋を震え上がらせるような冷たい空気が、俺の周りを取り巻いて
いた。
月はまるで元から無かったかのようにすっかり姿を隠していた。
そして、俺の足取りは、ただひたすらに重たかった・・・
―――テマリ・・・俺、お前に惚れちまってたみてぇだわ。
心の中で木魂する声は、ただ虚しく萎れていた。
そして、突如顕れて胸の中を埋め尽くしている醜い嫉妬の感情が、
俺の劣等感を逆撫でするかの様に意地悪に笑っていた。
気が狂ってしまった方が楽なのかもしれない、こんな苦しさに苛まれ
ることになるなんて。
はぁ・・・俺はテキトーに忍者やって、テキトーに稼いで、普通の人生
を送るつもりだったのにな。
恋なんてめんどくせぇ事は極力避けて、雲が流れるみてぇに生きてく
つもりだったのに。
人生思い通りには行かねぇもんなのかな・・・
どんな状況でも絶対自分を失わない自信があったのに・・・何故か
テマリのことだけはそんな風に割り切れない。
―――俺だって、テマリを抱きてぇっつうの。
お前をめちゃくちゃに、壊しちまいてぇ。
裸になって向き合いてぇぜ。
俺はその時、自分を取り巻くどす黒い感情の渦に飲み込まれてしま
いそうだった。
微かに顔を出した青白い月が、行く手を仄かに照らして、俺の影を
暗く濃く闇に浮かび上がらせていた・・・
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