17555HITリクエスト from かなこ様
絶対に、その唇に触れさせない。
俺が焦らせば焦らすほど、肢体をくねらせ、目に涙を浮かべ、その先を懇願するくせに。
・・・キスだけは、させない。
触れたのは、ただ一度だけ。布越しに、彼女がこの手に堕ちる前。
『枯木影』
視線の先にいるのは、木ノ葉の若い忍と、砂隠れの、彼女。何処へ向かっているのか、夕陽を受けて、長く伸びる2人の影は、まるで心を投影しているかのように重なり合っている。目に映る2人は、適度な距離を保ちながら、何事か会話を続けている。ここからでは、その声を拾うことはできない。だから、任務でもないのに、この緋色の瞳を曝している。
(・・・馬鹿だな、俺は)
薄桃色の形の良い唇は、いつもの、女らしくない口調で話し続けている。
甘い吐息を漏らし、煽るような声を上げ、俺の身体を吸う彼女の、唇。その奥に潜む紅い舌で、俺を昂ぶらせ、滾らせ、誘い込んでいく。眺めているだけでも、その動きが彼女の所作を連想させ、すぐにも肌を重ねたくなる。
(同じことを、彼にもしているだろうな)
もう一方の色の無い薄い唇に、視線を移す。
その持ち主は、彼女の、愛する男だ。唯一、あの唇を、彼女自身を、好きにしていい、男。
(いや、好きにしているのは、俺も同じか・・・ ・・・)
逢って、抱き合って、互いの欲求を満たし合って、約束も無く、別れる。
若い忍と違うのは、名を呼ばず、愛を綴る言葉も無く、そして・・・ ・・・決してキスをしないこと。
いつから、それに拘るようになったのか。
奪おうと思えば、奪えるはずで、それは彼女も承知していることだろう。だが、出来ない。
最初は、ただの遊びに、そこまで彼女を追い詰める気がなかったからだ。彼女がそれだけは執拗に拒むから、無理に求めることはしなかった。欲しかったのは、彼女の『オンナ』。風影の姉であり、里の中枢を担い、その為に常に『オンナ』を抑えているように見えた彼女。男勝りな精神力と、体力、そしてあの声と話し方。抑えれば抑えるほど、匂う『オンナ』の香り。そんな彼女のベールを剥いで、『オンナ』の顔が見たかった。どんな風に、彼を抱き、抱かれるのか。どんな姿態をさらし、どんな声を響かせて、果てるのか。そして、若い忍に満足しているのか、興味が、あった。・・・ほんの、悪戯心、なのに。今は・・・。
(いい大人が、情けないね、ほんと)
いつしか、2人の姿は林道にあった。
見咎めるものもいなくなり、そこには恋人同士特有の空気が漂っていた。遠慮がちに空いていた距離はぐっと近くなり、若い忍が、彼女の手を包むように握っている。そのうち互いの指を絡め合い、唇が動かなくなった分、そこで会話をしているかのようだった。影も濃さを増して、重なり合っている。そして歩みすら止めると、彼が、彼女の顎に指をかけた。見上げる彼女の翡翠は、夕陽に輝き、そっと閉じられる。
(ああいう顔を、するんだね、彼女は)
若い忍は、さも愛おしそうに彼女の頬に手を添え、顔を近づける。その瞬間、薄っすらと開く互いの唇。緋色の瞳は、その動きを明瞭に俺に伝えてくる。閉じてしまえばいいものを、その細部に至るまで、覗いてしまう。
求め合った唇は一旦離れ、再び、重なる。その口内で、どんな愛を伝え合っているのだろう。
あの舌先が、蠢く様をつい、想像してしまう。同じように、愛する男の所作に、彼女がどういう反応を見せるのだろうか・・・。
彼女の細い指が、彼のベストを掴み、くすぐったいように顔を揺らし、苦しそうに、眉を寄せながら、身体を預けていく。若い忍の手は、彼女の背中をゆるゆると流れ、そして、2つの影も、ほとんど1つになり、長く伸びてくる。
道の両脇の枯木達も、つられるように、葉の落ちてより細くなった影を伸ばす。彼女がこの手に堕ちた頃には、まだ、色づく葉が残っていたはずだった。鳥に突かれ、風に揺らされ、もどかしくも枝に留まりながら、結局耐え切れずに、はらはらと散る葉。その姿が、彼女が堕ちる様に似て、この秋をいつもの年より愉しんでいたはずだった。
葉を落としてしまえば、そこで興味がなくなると思っていた。一度抱けば、俺の密かな愉しみも、性欲も満たされ、後を引かないはずだった。彼女は、葉をとられた木々のように、その裸体を曝し、葉を散らすように乱れ、割って入れば、見事な香を放ち、折れた。それを、この身体と瞳で味わい、充分に満足したはずだった。彼女を彼から奪おうとか、再びこの腕に抱こうなどと、思わないはずだった。だが、現実はどうだ。里で2人を見かけてしまえば、こんな醜態を曝している。
枯木の影が、どの季節よりもその影を長く引くように、彼女の影が、尾を引いている。
長いキスを終えて、身体の離れた2人。彼女の頬が緩み、零れるような笑みに変わる。俺には決して向けられることの無い、その笑顔。胸にクナイを受けたような痛みが走る。
2人は寄り添うように、歩き始めた。何処へ向かい、何をするのか。・・・愚問だな。
彼女の身体を知っているなら、それだけでは、もちろん足りないだろ?もっともっと、欲しくなる。今の、俺のように・・・。
一段と影を長くした、枯木達が、まるで若い忍の術に従うように、俺の足元まで伸びてきた。
『枯木宿』へ続く・・・![]()
2007.11.25
espressivo-Riku
-Photo by tricot-
かなこ様に捧げます。
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