鍵
「お前、満足してる?」
情事後の余韻に浸っていたテマリの、その額にかかる髪を優しくかき上げながら、シカマルは尋ねた。
一瞬、何に対して問われたのかわからなかったテマリだが、
それが、前の逢瀬から、シカマルが聞きたがっている件だと気づき、眉をひそめた。
つまり、この年下の忍は、自分が十分にテマリを悦ばせているかどうかが、気になるらしい。
それは情事の際の、技だけを言っているのではない。
自分の分身であるソレが、テマリ自身を満たしているかどうかを、確認をしたいようだった。
これまでにも、ソレについて、例えば大きさを自慢げに語る男は何人かいたが、
テマリは、その快感に酔いしれるフリをして、心の中は『だから、なんだ?』と冷めていた。
大きさと女の快感が比例するなどと思っているなら、短絡的すぎる。
悪いが女の悦びは、男ほど単純じゃあない。
そこに直結するようなことしか言えない男の技など、実際、大したことはない。
それがテマリの経験から得た、持論だった。
そんな比較には意味がなく、聞かれても答えても、虚しいだけだ。
まさか、目の前の男がそれを問うとは思わず、テマリは身体の火照りが一気に冷めたような気がした。
けれど、男は言葉を待っている。
テマリは、少し大袈裟にため息をつき、シカマルの瞳を覗き込んだ。
「つまり・・・ ・・・大きさのことを言っているのか?」
はっきり口にしたが、シカマルは怯む様子もなく「ああ」と返す。
「男にはわかんねぇじゃん。基本的に気持ちがいいから」
そして、呆れた表情を浮かべるテマリがその唇を動かす前に、言葉を続けた。
「くだらない、なんて言うなよ。興味があるんだから、それなりの答をくれよ」
「お前の言いたいことは、私が他の誰かと比べてるんじゃないかって事か?」
「ん― ―、それもある」
「そういうのはナンセンスだって、タイプじゃなかったのか、お前」
「それと、コレとは別」
「ならば、女の場合も一緒だろ?」
シカマルは首を傾げた。
「お前は私を抱くたび、比べてるってことか?」
するとシカマルは首を振り、「んなことねぇよ」そう言って顔を寄せ、
耳元で「つぅか、テマリの中は、いつもすげぇ気持ちいいし」と囁いた。
「なら、いいじゃないか」
テマリは話を断ち切るように寝返りをうち、シカマルに背を向けた。
(馬鹿馬鹿しい)
「テマリ」
名を呼ばれても振り返らない。
「・・・なあ、怒った?」
そんなテマリの肩に顎を載せ、身体を寄せてきたシカマルに、
「・・・呆れてモノも言えない」
努めて冷たい口調で返す。
「・・・ ・・・言ってんじゃん」
揚げ足を取るかのようにシカマルはそう言って、するりと脇から手を忍ばせると、テマリの乳房に触れた。
「やめろ」
拒否の言葉を無視して、胸への愛撫を続ける。
「そんな気分じゃなくな・・・ ・・・あっ・・・ ・・・」
シカマルは指を伸ばし、その先の頂を、潰すように押した。
「ん・・・、やめ・・・やだって・・・ん・・・」
「悪ぃけど、ちゃんと答えてくれるまで、やめねぇよ」
そして頂を摘んだり、弾いたりして、テマリの反応を楽しんでいる。
テマリにとっては、その刺激もさることながら、耳ともで囁かれるその声が、たまらない。
いつも全てを許しそうになる、どこか色気のあるその声音。
「そ・・・んな・・・こと、・・・んっ・・・、聞いて、どう・・・する?」
「だから、ただの興味だって」
そう言ってシカマルは、指の動作はそのままに、背中に唇を落としてゆく。
「あっ・・・ ・・・」
心と裏腹に、シカマルの所作に敏感に反応する、自分の身体が憎らしかった。
テマリは、体中の疼きを必死に押さえ込み、シカマルの腕をつかんだ。
そして、呼吸を整え、ゆっくり振り返る。
「興味、だけか?」
その瞳に、
「演技されてても、わかんねぇじゃん。特にくノ・・・」
そう言いかけて、シカマルは慌てて口を閉ざした。
テマリの翡翠が、鈍い光を放ったかのように見えた。
(やべぇ。けどなぁ・・・ ・・・)
くノ一全てが、その任に就くわけではないだろうが、
目の前の女が果たしてどうなのかは、シカマルにはわからない。
尋ねたところで、答は返ってくるはずもない。
けれど、会う度に増す色香と、抱き合っている時のなまめかしい姿態。
想像はしたくないが、逢瀬の回数を考えれば、他の事を疑いたくなる。
任務ゆえか、それとも別の男の存在が、テマリを魅力的にさせているのか・・・ ・・・
こんな事を口にすれば、この女が不機嫌になるのはわかっていたが、身勝手な嫉妬心に負けてしまった。
自分の事を棚上げにして、それでも確かめたくなる、面倒な性分に嫌気がさす。
自分の腕の中で、頬を紅潮させ、瞳を潤せながら悶える様や、
抜き差しする度、発せられる声、背中に爪を立てるそのしぐさ、
自分の上で妖艶に舞う姿、その全てが演技だったとしたら。
「じゃあ、答えるが」
テマリの掠れた声に、シカマルは、身構える。
続く言葉が発せられるまでが、長く感じられた。
「フツーだ、全て」
一瞬の間のあと、
「可もなく不可もない、といったところだな」
少し意地の悪い気もしたが、このくらいのことは許されるだろう。
テマリは、口端に笑みを浮かべて、シカマルを見つめ返した。
次の瞬間、
「だぁ〜、マジかよ」
シカマルは、そう叫んで片手で顔を覆うと、テマリから身体を離した。
そして、上半身を起こし、片方立てた膝の上に、そのまま顔をうずめる。
(そんな反応見せるなら、最初から聞くな、馬鹿)
「んじゃあ、やっぱ、てきとーに演技?俺に合わせてるっつうだけ?」
膝に顔を載せたまま、目だけをこちらに向ける。
(馬鹿だな、ホントに)
肯定しても、否定しても、結局は納得しないくせに、何故そんなことを問うのか。
テマリはそれには答えず、仰向けになり、天井を見上げた。
「鍵、と一緒なんだよ、私にとってソレは」
「鍵?」
シカマルは、顔を上げた。
「ああ。快楽という扉を開ける鍵」
テマリは、ちらりと瞳を上げ、シカマルの表情を窺った。
「マスターキーは、この世にたった1つだろ?」
じっと見つめ返す漆黒は、戸惑いの色を帯びている。
「大きすぎても、小さすぎても、合わない鍵は、駄目なんだ。だから・・・ ・・・」
男の持つ鍵が、自分の扉のそれに、ぴたりと合えば、
女は多分、それを深く受け入れ、共に快感を味わえる。
初めての相手がそうかもしれないし、一生、その鍵の持ち主を探し続けるかもしれない。
それに気づくこともなく、肌を重ねあっているかもしれない。
そして、たとえ巡り合ったとしても、その鍵の所有者は、すでにいるかもしれない。
(シカマル、お前のように)
それをわかっていても、鍵を求めて逢瀬を続ける自分に、時々呆れながら・・・ ・・・
「シカマル」
(悔しいけれど、お前の持つ鍵は・・・)
テマリは、ゆっくりと身体を起こして立ち上がると、シカマルの両肩に手を置いた。
(ぴたりと合って、私を溺れさせる)
そしてそのまま押し倒し、その身体に跨った。
「私の扉を、また、開けてくれるか?」
見上げるその漆黒の、深い闇の奥に潜む本能に、問いかける。
シカマルの腕が、テマリの腰と頬に伸びてくる。
「それが、答?」
返事の代わりにキスをする。
テマリは一旦膝を立て、(まだ無理か?)とちらりとシカマルの下半身に目をやる。
しかしソレは、素直に反応して、十分な大きさになっていた。
テマリはその回復力に驚くとともに、自然と優しい笑みがこぼれた。
頬に置かれたシカマルの手に自分の手を重ね、絡めあう。
そして、腰に添えられたその腕に支えられながら、ゆっくりと身体を沈めた。
残り少ない逢瀬の時間を、余すところ無く堪能するかのように、
2人の身体は激しく、そして隙間の無いほど、ぴたり重なり合っていた。
夜明けを迎える前に、宿を出るというテマリを見送って、シカマルは家路につく。
朝を迎えて、一日の始まりを準備するその光景を、一つ一つ確認しながら、
心と身体に残る、テマリの余韻を、一つ一つ封印していく。
自宅に着いたが、引いた扉はびくともしない。
(出かけてるのか?)
人の気配もしない。
シカマルは、腰に下げたポーチから鍵を取り出して、鍵穴に差し込んだ。
けれど、いくら試してみても、扉は開かない。
他に鍵は持っていない。
鈍く光るその鍵を手のひらに載せ、じっと見つめる。
「シカマル、お帰り〜」
背後の気配に振り返る。
「良かった、間に合って。あんたが任務中に鍵を新しくしたのよ」
まっすぐな笑顔が近づいてくる。
「ハイ、これ」
彼女が手渡した真新しい鍵を受け取り、再び鍵穴に差し込んだ。
抵抗無くそれは回り、カチリという音がした。
それを合図に、シカマルは扉に手を掛ける。
(ああ、こういうことか)
「どうしたの?入らないの?」
いつまでも扉を開こうとしないシカマルに痺れを切らして、彼女が代わりに扉を引く。
「朝ごはん、まだでしょ?すぐ作るから」
そういいながら、部屋の奥へと消えていく彼女に、ぼんやりと目をやりながら、
一緒に中に入り込んだ朝の風が、シカマルを抱く気がした。
『わかったか?』
砂の彼女が、囁いた気がした。
end
2007.5.13
修正2008.4.23
es-pressivo/Riku
Photo by FOG.