「外に、眼鏡の娘がいたな」
「眼鏡・・・?ああ、暗号班のシホだ」
「心配そうに、してた」
「・・・そ」
「コレの、原因か?」
テマリの視線が、シカマルの下半身へと流れた。無機質な白で覆われ、固定された片足。
「さあな」
「それとも」
ゆっくりと碧が戻る。
「新しい、オンナか?」
目を細め、口端に笑み。その表情からは、嫉妬心など露とも読み取れず、むしろこちらの反応を愉しむ様にすら映った。
「馬鹿言ってんじゃ、ねぇ、よ」
シカマルは、なかなか寄り添おうとしないテマリへ、精一杯腕を伸ばした。彼女を引寄せるにも、ひと苦労、だ。なんとか指先だけがわずかながら肌に触れ、反応を見せたテマリが、漸くベッドの端に腰掛けた。可愛げのない言葉ばかりを漏らす唇も、触れれば柔らかく、溶けるように馴染み、些細な所作にも敏感に応えてみせる。そして、鼻にかかる吐息と、生々しい水音を伴なった“会話”が始まるのだ。ただ、今日のテマリの舌先は、いつもより、淫猥な応え方をしてみせ、シカマルを驚かせた。
(マジ、かよ)
条件反射のようにテマリの身体を滑っていた手のひらが、つい、双丘へと向かいたがる。いつもなら、なんの躊躇もない。そのまま済し崩し、彼女を組み敷いて、ことを始めればいい。けれど、今は。
両手こそ自由が利くものの、それで主導権が握れるわけでもない。そんな状態で彼女を満足させられるか、自信は揺らぐ。それに・・・。最後まで至ろうとするならば、それこそ彼女に“奉仕”してもらわなければならない。が、果たしてこの気位の高い恋人が、素直にそれを受け入れてくれるのか。こんな素振りをしてみせても、単なる悪戯心か、先を続ける意思があってのことなのか。自分の欲求を満たしてくれるよう、口説ける自信も、ない。それならば、下手な恥をかくよりも、我が身の不自由さも知らず、勝手に湧き上がった淫心を抑え、ごく健全な逢瀬を楽しむ方が、ましだ。
「あんまり、誘うな・・・って」
シカマルは、名残惜しくも、唇を離す。
「こんな状態じゃ、何もできねぇし。余計、辛く、なるだろ?」
同意を求めるように、冗談めいた口調で笑って見せて、終わり、を告げる。恋人は、察しが悪い方じゃない。しかもここは、野営地だ。外を行き交う人の気配は当たり前のように有り、朝から降る雨は、時々、会話を遮るほどの音を立てている。先程の、少し濃密な抱擁ならまだしも、それ以上のことは、本能と葛藤しても、どこか、気が引ける。
けれど。
恋人の表情は、艶を帯びたままだった。
「お前は」
頬に添えられていた手が、首筋へと流れ始める。
「何も、しなくていい」
テマリの声は、肌を滑る指の動きと同調し、どこか淫靡な響きを含んで、シカマルの本能を撫で、誘う。
「おい、何、言って・・・」
狼狽える声に構わず、テマリはゆっくりと任服の裾を上げると、シカマルの腰を両膝で挟むようにして跨った。
「欲しく、ないの?」
戸惑いの色で見上げる漆黒に、碧が妖しく煌いて、唇が降りてくる。細い指を、するりとシカマルの寝着に忍ばせ、一瞬、警戒気味に反応した肌の感触を愉しむように、ゆるゆると、官能的な動きで、侵食を始めた。
普段、自分がしていることを、されている・・・というのは、奇妙な感覚だった。
どんな反応を見せればいいのか・・・暢気に、そんなことを考える余裕はすぐになくなった。テマリの、ほぼ一方的な愛し方が、想像以上に気持ち良かったからだ。
どんなに理性を保とうとしても、視覚的な誘惑と、掻痒感にも似た愛撫に勝てるはずもない。任服の合わせ目の奥で揺れる乳房を、時折テマリが、二の腕で挟むようなしぐさを見せる。その度、零れ落ちそうになる果実に、食指が動く。
積極的に応える術は限られている。今は、恋人が全ての主導権を握っているのだ。その先を満たしてもらう為の、精一杯の愛情表現を試みるシカマルに、テマリは囁いた。
「食べて、いい?」
指先が触れる、峻立したモノ。その滾りを抑えることなど、できやしない。シカマルは、首を振る代わりに、艶やかに濡れたテマリの唇を、啄ばんだ。
身じろぎする度、軋むベッド。
堪らず漏らしてしまう息づかいも、雨音にかき消されてしまえばいい・・・ ・・・
今は、ただ・・・ ・・・
(2009.6.11加筆)